制作ねぶた
2017年

JRねぶた実行プロジェクト
剣 の護法

信貴山縁起絵巻 延喜加持の巻より
平安の世、延喜の帝は重い病に苦しんでいた。高僧たちが祈祷しても、癒える気配がない。 そんな折、大和(奈良県)の信貴山の僧で、強大な法力で不思議な術を行う命蓮に白羽の矢が立った。 勅使が参内を要求したが、ここにいても治せるので決して山は下りないと命蓮。 どうすれば帝の病が癒えたと分かるのかと尋ねると、「剣の護法という童子を遣わすので、夢や幻にでもその姿が見えたらそれが証拠とご承知ください。剣を編んで衣にしている 護法童子です。」と答えた。 三日ほど後、夢現にいた帝はきらきらしたものを見た。 これが剣の護法だ、と思った矢先、気分は爽快、苦しさもなくなり、すっかり健康になった。
護国の聖具をまとい、悪鬼に対峙する護法童子。 輪宝を車輪のごとく回転させるその勇姿に、安全安心な 交通網の発展を願い奉る。
ねぶた制作/解説 竹浪 比呂央

マルハニチロ侫武多会
岩見重太郎 狒々退治

岩見重太郎は、父の仇討ちのため旅に出たが道中負傷し、通りがかりの村人の家で介抱された。数日で回復し、村人も喜んだが、どこか笑顔に陰りがある。
問うと、山奥の神社の神様が、毎年若く美しい娘の家に白羽の矢を立て、そこに住む娘は箱に入れて捧げねばならないという。もし背けば、村には大きな災いが起きる。今年はこの家に矢が立ったので、準備の最中だというのだ。 重太郎は「神が人を犠牲にするものか!」と怒り、『神様』の正体を暴くべく、自らが娘の着物を被って箱に入った。村人たちはその箱を神社へと運び込む。
静寂な時が過ぎる中、フクロウの声と共に怪しい気配と異様なまでの生臭さを感じ取った。そっと蓋が開いた次の瞬間、被っていた着物が勢いよく剥ぎ取られた。 すかさず飛び出た重太郎の眼には、赤ら顔で鬼のように巨大な狒々が映った。奇声を上げながら襲い掛かってくる狒々に、重太郎は得意の剣術で立ち向かった。
一進一退、長い激闘だった。
翌朝、狒々退治の知らせを聞いた村人たちは歓喜し、何度も何度も礼を述べていた。その声を背に、重太郎は本懐を遂げるべく、旅路を急ぐのであった。
大坂夏の陣、豊臣軍で真田幸村らと共に戦い名を馳せた武将、薄田隼人正兼相若かりし頃の武勇談である。 未知なるものへ恐れず挑み、巨悪を退治した重太郎の姿に、争いや災いの無い平和な世が永く続くことを祈り願う。
ねぶた制作/解説 手塚 茂樹

商工会議所会頭賞
青森菱友会
七戸立

陸奥国の民は遥か昔より馬を尊び、馬と生活を共にしてきた。
なかでも七戸(青森県七戸町)は今も昔も名馬の産地である。 七戸立とは七戸産の馬のことを指す。
この呼称を一躍世に知らしめたのは、かの有名な「宇治川の先陣争い」で梶原源太景季を負かし、佐々木四郎高綱に先陣の功をもたらした天下一の名馬、生唼。 元より源頼朝の愛馬で、気性が荒く、馬でも人でも噛みついて傍に寄せないことからこの名が付けられた。
よく肥え逞しく大きな体躯を持ち、轟轟と荒れ狂う宇治川をものともせず一直線に渡り切ったと瞬く間に名が知れ渡ると、武士らは続々と七戸立を求めた。
七戸に住まう人々は更に、生唼のごとき野性味あふれる悍馬の調教に励み、いまなお数多くの名馬を輩出し続けている。
良馬産出祈願を以て、馬頭観音の御加護を得た七戸立調馬図をここに顕す。
ねぶた制作/解説 竹浪 比呂央